2021/11/25(木)に、共同研究プロジェクト「表現力の正体」公開研究セッションが実施されました。オンライン・アクターズ・スクールACT芸能進学校(A芸)の運営など演技・お芝居を通じた教育事業を行うACT株式会社は、慶應義塾大学SFC研究所と共同研究契約を締結し、「演技・役作りを通じた自己表現・探求の新しい教育に関する研究」を行っています。これまで、山田孝之氏、木村多江氏、阿部進之介氏、安藤政信氏、清水くるみ氏ら俳優チームが研究メンバーとしてプロジェクトに参加し、演技と表現力の関係や、役作りを通じた自己探究のヒントや可能性を探ってきました。今回の公開研究セッション「感情とのコミュニケーション 〜プロの俳優と探究する、表現力の正体〜」では、現時点での知見を公開するとともに、この場そのものを“実験の場”として、今後のプロジェクトへの発見や学びを獲得することを目的に実施されました。
会場はInnovation PartnerのBASE Q(東京ミッドタウン日比谷内)。会場には事前予約をいただいた約80名の一般参加者が続々と集まり、ランダムに指定された座席に座ってセッションのスタートを待ちました。
以下では、公開研究セッション当日の模様をお伝えします。
登壇した若新雄純氏(左、SFC研究所)、木村紀彦氏(同所属)
はじめに、慶應SFC研究所の若新雄純氏(政策・メディア研究科 特任准教授)と木村紀彦氏(SFC研究所上席所員)が登壇し、これまでの活動を振り返りました。このプロジェクトでは、言葉になりにくいテーマを探究するために、経験則や暗黙知、実践知と呼ばれるものを言語化する「パターン・リサーチ」を用いて、調査研究を行っています。具体的には、俳優チームに、ある映画のワンシーンを演じてもらう「実演ワークショップ」、それを受けて演技や表現、感情と向き合う際に大切にしていることなどを探る「対話ワークショップ」を重ねる中で、彼らの経験則=パターンを掴んできたといいます。
「今回は、これらのパターンを“手がかり”にして、皆さんが感情とのコミュニケーションを体験する場です。プロジェクトを通して、俳優の皆さんが私たちに正解を教えてくれるわけではなく、俳優さんと一緒に発見し、学んでいくことを実感しました。今日も、登壇者が何かを教えるのではなく、ここにいる全員で学びをつくる場です」 と、若新氏は参加者に向けてメッセージを送りました。
俳優チームの1人として登壇した山田孝之氏
ここからは、山田孝之氏(俳優・プロデューサー)、伊藤主税氏(ACT(株)代表取締役プロデューサー)、加藤文俊氏(慶應義塾大学環境情報学部教授)を迎え、フリートークセッションが行われました。トークでは、山田氏の「触れない存在を“思いやり”、演じることが俳優の性分」という言葉から話が広がっていきました。その“思いやる”ことこそがキーワードだと若新氏は言います。私たちは「6年生を送る会」や「学芸発表会」という場を通じて、演じることを経験してきましたが、そこでは「間違えずに最後までできた」ということが賞賛され、皆セリフやアクションに注目しがち。しかし本当は、それらは後からついてくるものであり、最も大切なのは「感情とのコミュニケーション」なのではないかと、本プロジェクトを通じてたどり着いたといいます。
板敷卓氏(右)とA芸生徒による実演ワークショップの一幕
参加者の皆さんにもこのプロジェクトを体験していただくために、俳優の板敷卓氏を迎え、SFCの学生2名、A芸生2名が「”気まずい”状況」というテーマの下、実演を行いました。実演には、セリフにとらわれないで役の感情に向き合うことに集中してもらうために、セリフの少ない短いシーンを選んでいます。また、実演者たちには、これまで本プロジェクトがまとめてきたパターンを事前に共有し、それを“手がかり”にして実演に臨んでもらいました。その甲斐あってか、実演を観察する会場には重たい空気が流れ、実際のプロジェクトでプロの俳優たちが取り組んできた実演ワークショップと同じような緊張感が走りました。
実演を行った、板敷氏(左)とSFCの学生2名
登壇した伊藤主税(左、ACT㈱)、加藤文俊氏(右、SFC研究所)
4名の実演を終えて、実演者と登壇者とで実演を振り返る対話のワークショップが行われました。まず実演者からは演じてみて「役と親友になれた」「罪悪感であの場から逃げ出したかった」などの声が上がりました。中でも「台本を通しで読んだため、今回演じたシーンにはいない教え子“守”の姿を思い出し、泣きそうになった」と涙ぐみながら話す学生の言葉が印象的でした。それを受けて若新氏は、「これこそが山田さんが先ほどおっしゃっていた、役を“思いやる”ということ。このシーンの台本には書かれていない“守”という存在、つまりその役の背景を背負うことで、目の前のシーンに向き合うことができるのではないか」と述べます。そこに重ねて加藤氏は「これは俳優に限ったことではなく、私たちは日常的に過去を背負い、無自覚的にそれを目の前の瞬間と紐づけている。私たちはその一瞬に注目しがちだけれど、今この瞬間だけで完結していることはなく、人間って日常からそんな複雑なことをやってのけている」と語りました。
「何かを教えるのではなく、全員で学びをつくる」
続いて、冒頭の若新氏からの「今日の場も、登壇者が何かを教えるのではなく、ここにいる全員で学びをつくる場です」という言葉を体現するように、参加者自身が行うワークへと移っていきました。先ほどの実演と同じテーマで、
- “気まずい”状況を想像する
- “気まずい”実演シーンをつくる
- “気まずい”状況を実演する
以上3つのワークを行いました。といっても、会場参加者は演技経験者とは限りません。そこで、研究チームがこれまでに言語化してきた感情とコミュニケーションするためのパターンを“手がかり”にしてワークに取り組みます。初めて会うメンバーとのグループワークでしたが、会場の熱は一気に最高潮に。立ち上がって実際に体を動かしながらシーンを構想するグループもありました。
“気まずい”を想像し実演シーンをつくるグループワーク
当初の予定は、③ではつくったシーンを隣のグループに披露し、お互いに鑑賞し合うというものでしたが、会場の盛り上がりを見て、急遽2グループに壇上で実演してもらう形に変更されました。希望者を募ると、非常に多くの手があがり、登壇者たちも驚いている様子でした。選ばれた2グループは、“カフェで人違いをしてしまうシーン”と“今カノとのデートで写真をお願いした相手が元カノだったシーン”をそれぞれ演じ、そのリアル(?)な“気まずい”状況に対して、会場からは笑いがこぼれました。
グループを見て回り談笑する伊藤(左)と山田氏
このワークの様子を見た山田氏は「(シーンを)つくったら、やってみたくなるんだね。こうやって盛り上がるのは、嬉しい」と一言。登壇者たちは「“見せたい”、“実演したい”となることは、今回の場での重要な発見だった。次への手がかりをたくさん発見できた会となった、最高の通過点!」と全体を振り返りました。
最後に記念撮影を終え、後ろ髪を引かれながらも公開研究セッションは一度幕を下ろし、それと同時にプロジェクトは新たなスタートを切りました。
文:中田早紀(慶應義塾大学環境情報学部4年)
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